院長より『ちょっと一言!』
過去の一言:2006年4月 記録的豪雪と当院への影響 / 2007年4月 旧病院跡地が立派になりました! / 2007年7月 感動の出会い2007年10月山古志村から生きる力をもらいました /2008年3月飯島南小学校から車イスが寄贈されました
感動の出会い
ようこそ秋田組合総合病院ホームページにアクセスしていただきました。有り難うございます。各地からわき起こる医療崩壊の危機意識は、
病院管理をする者にとってはより具体的に実感として襲いかかってきますが、
危機感に怯えることなく職員一同、医療の質の向上と安全を極めて参りたいと努力しております。
よろしくご指導頂きますようお願い申し上げます。
今日は先日体験した感激の出会いについてお話しします。
先日、会議の為に四国に出張いたしました。この会議も大事な内容でしたが、もっと大事な用件があったのです。
ある若い女性と会うためでした。
実は30年前、私が脳神経外科医師として漸く独り立ちする頃に出会った患者さんと30年ぶりに再会することになったのです。
勿論、ご家族とそして本人と文通はしておりましたが、これまで一度としてお顔を会わせることはなかったのです。
彼女は7歳の頃に、とても重い病気に罹って手術が必要でしたが、日本の何処にも手術出来るお医者さんがおらず、
噂をききつけ藁にも縋る気持ちで仙台までいらしたのでした。
当時の世界的脳神経外科医鈴木二郎先生の執刀で手術は成功しましたが、麻痺は治らず故郷に帰りました。
当時、私は主治医として入院中の一月ほどの間、ご家族ともおつきあいさせて頂き、
その後、お便りに伝えられる成長の跡を文面から想像して今にいたっているのでした。
小学校中学校では障害児として虐められ、その悔しさを日記に書くことで慰め、その後は福祉の世界を目指し勉強を積み上げ、
公務員試験に合格し県職員となり、さらに勉強を重ね、難関の社会福祉士に合格し、
その資格のもとに現在は介護センターに勤務し障害者の相談相手として活躍しているとのことでした。
福祉に対する強い思いが障害者の心に響いていくのでしょう。凄いことだと思いながら話しをきいていました。
さらに凄いことに英検の準1級の受験を明日に控えているとのことでした。
笑顔がとても素敵だなと思っているときに、「福祉は笑顔がモットーです」との彼女の言葉に、なるほど本当だと思いました。
そして私はそのあとを引き取って「福祉は笑顔、医療も笑顔ですよね」と続けますと、彼女は思いっきり素敵な笑顔で「本当ですよね」と返してくれました。
そして1時間ほどの愉快なテーブルには、特別ゲストなんですと、彼女が袋から取り出した鈴木先生の写真が飾られ、みんなの会話を笑顔で聞いていたように思われました。
彼女とホテルの駐車場でお別れしましたが、障害者用車と大きくドアに貼り付けた車を、全て右手だけで器用に操作して、混雑する道路に出て行きました。
私たち脳神経外科医師は診断・治療に医師生命をかけ、いわば命のやりとりをしてきたと自負はしておりますが、
自分の、あるいはご家族・本人の意志に沿わない忸怩たる思いをすることが多かったと常に思いをしてきました。
1時間ほどの時間でしたが、彼女と会えたことで、自分の医療人としての歩みが間違っていないことを、少しだけ噛みしめました。
秋田組合総合病院


