院長より『ちょっと一言!』
過去の一言:2006年4月 記録的豪雪と当院への影響 / 2007年4月 旧病院跡地が立派になりました! / 2007年7月 感動の出会い2007年10月山古志村から生きる力をもらいました /2008年3月飯島南小学校から車イスが寄贈されました
山古志村から生きる力をもらいました
秋田県厚生連秋田組合総合病院のホームページにアクセスいただきまして感謝いたします。19年9月から消化器科に米山先生と藤井先生が、10月から糖尿病・代謝科に佐々木先生が、泌尿器科には福田先生が、
外科には坂本、内藤両先生が着任しました。地域の医療を守ることを第一に今後も努力して参りますのでよろしくご指導ください。
さて、今年の日本農村医学会は10月に新潟県長岡市で開催されました。当院から学術発表を9題行いました。私も特別講演の座長の役を担当しました。
講演は衆議院議員長嶋忠美さんでした。多くの方は、旧山古志村村長さんとしてご存じだと思います。
3年前の平成16年10月25日に中越一帯を襲った地震を報告してもらい、農村医療が如何に関わったか知るためでした。
座長として長嶋さんを紹介する役目がありますので、レンタカーを借りて前日、旧山古志村まで行ってきました。
現地は丁度すり鉢の底から空を見る景色でしたが、360度全ての山肌は地滑り防護柵が至る所に張り巡らされ、木々が辛うじて僅かに褐色の山肌にへばりついていました。
地元の人々は忙しく働いており、あちこちでブルが動いてはいましたが、一見それほどの惨状が無かったかのように落ち着いた風景でした。
しかしさらに奥に進みますと息を飲みました。住宅が河床に埋まって僅かに屋根だけが見えます。説明版と比較しますと、
棚田の上に平和に暮らしていた屋敷が数十メートルずり落ちて土砂に埋没していたのです。どれだけ恐ろしかったことだろうと背中が凍り付きました。
その印象を踏まえて翌朝、長嶋さんの座長を務めました。夕刻の団らん時に襲いかかった恐怖。
そして村長として如何に行動したか、村民は、援助は、などなど、ゆっくりとした語り口が余計胸に響くのでした。
全ての明かりが消えた地震の夜、早く闇が明けて欲しいと焦っても漆黒の天井にはただ無数の流れ星、あんなに夜が長く、また恐怖と感じたことはなかったとのこと、
避難せざるを得なかった子供たちが、辛い避難所暮らしの後、再び帰って来たときに村長さん有り難うと抱きしめてくれたこと、
1時間の講演があっという間に終わりました。会場の至る所から感涙の音が聞こえてきました。
聴く者全てが、各の故郷への思いに胸がいっぱいになっていました。
自分たちのふるさとが、地域崩壊に危機にさらされている今、講演を聴いてその思いは益々強くなったようです。
ふるさととその地での医療を守る、それが厚生連の役目だと言うことを改めて確信した瞬間でした。
秋田組合総合病院


