院長より『ちょっと一言!』
過去の一言:2006年4月 記録的豪雪と当院への影響 / 2007年4月 旧病院跡地が立派になりました! / 2007年7月 感動の出会い2007年10月山古志村から生きる力をもらいました /2008年3月飯島南小学校から車イスが寄贈されました
記録的豪雪と当院への影響
一向に温和しくならない冬将軍ですが、如何お過ごしでしょうか。
1月5日の早朝は大変ご迷惑をおかけしました。前夜からの豪雪は市内の交通機関を完全に遮断してしまいました。病院周辺の交通事情もまた全く停止しており、地域のみなさまの安心と安全を守る病院としてはいささか混乱がありました。反省も込めて当日の動きを纏め、奮闘ぶりをお伝えいたします。
私は5時に起床しました。自宅は手形山の下ですので、積雪が多いのはその為だろう、多分病院近くではそれほどひどい積雪ではないだろう位に考え、しかし一刻も早く病院に出勤せねばと車を車庫から出そうとシャッタ−を挙げた途端、ドサッと雪がなだれ込んできました。この時間でも数本の轍が出来ているはずのわが町内の道路ですが、この朝は人の足跡さえ認めない処女地でした。長靴に履き替え雪原を泳ぐように除雪し、車幅ぎりぎりの通路を、町内住民の協力もあって、30分程度で確保出来ました。幸い幹線道路は除雪されており、横山金足線、アンパス道路を通り病院に到着しました。しかし病院前の市場1号線は除雪が不十分で、すれ違う車が難渋しており、路肩に落ちている車もありました。しかも車は数珠つなぎになっているものですから、このままでは救急車さえ動けない状態と考えられました。病院に到着したのは7時少し前でしたが、さすが事務長は各部署から情報を集め、命令を出して陣頭指揮していました。また前夜から危険を察知し、宿泊していた課長たちも忙しく動き回っていました。市場1号線の除雪を依頼すべく、市の雪害対策本部に電話しましたが、テ−プがむなしく回っているだけで連絡つきませんでした。このままでは混乱が生ずると考え、知り合いの救命救急士に、雪害対策本部に緊急報告して頂くことをお願いしました。同時に入院患者さまの朝食の準備状況を確かめました。佐藤栄養科技師長先頭に時間通り配膳できました。早朝勤務者6人中、4人は4時に自宅を出発し徒歩で辿り着き勤務したとのことでした。感激ものです。牛乳だけ未着でしたが、昼食、夕食ともに時間通り、また献立通り配膳できました。
交通手段の麻痺が回復しませんでしたので、最も心配したことは透析患者さまのことでした。木曜日は昼間透析のみで、10時から45名が透析予定でした。入室予定時刻になっても連絡の取れない患者さまが4名おられました。透析センタ−菅原看護師長が中心となり各自に連絡を取り合いました。2名は12時近くに来院、1名は家周囲の除雪困難で出発できないとのことで近隣周囲の方にお願いし除雪後来院していただきました。1名は心不全を合併している方で、なんとしても当日透析を行う必要があった方ですが、来院手段が見つからず、数時間後にかなり疲労した状態で救急車で来院しました。多くの方の努力とご協力で全員無事透析終了しました。
胃カメラやCT検査などの予約検査は10人程度がキャンセルなりました。また人間ドックは予定された方が8名おられましたが全員が来院いただきました。一番早い方で7時半にはお見えになりましたが、担当の職員は既に7時前には出勤しており、笑顔でお迎えしていました。
バス・電車などの公共交通手段が完全に麻痺した状態でありながら、それでも外来患者様は普段の半分以上は来院し受診されました。あの混乱のなか頑張って来院頂いたことを感謝申し上げます。また入院患者さまには豪雪による悪影響を、特段認めませんでした。
前夜からの豪雪のため、駐車場に置き去りにされた車や、路上に放置された車が邪魔になり、除雪作業に著しく迷惑を及ぼしてしまいました。これらの作業に参加していただきました関係者に、お詫びいたしますとともに、当日のご協力に感謝申し上げます。
以上、昭和48年以来32年ぶりの豪雪の影響について、1月5日の状況をご報告しました。
一日も早い春の訪れを期待し、併せて皆様のご健康をご祈念申し上げます。
秋田組合総合病院


